NPO・NGOの現場からうまれた文献のbook review

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c119095a佐々木祐亮さん (80h87inz)2021/8/3 10:43 (No.241650)削除
「ボランティア」と企業の関係--金子郁容「ボランティア〜もうひとつの情報社会〜」
初めにボランティアは、自由意志という意味を表すラテン語を語源としている。ボランティアは、困っている人を助けるものであると思う人が多いと感じるがこの本の著者は、逆に自分を助ける自分のためのボランティアではないかと言っている。このことから自分は、ボランティアとは、相手を助けるためのものでもあるが、自分のためでもあると感じた。
企業の社会貢献は、情報の織りなす多様性としての企業は、経済以外の分野を含む社会の多様なネットワークをつくり、動的情報が発生するさまざまな現場位に立ち会うひつようがある。このような具体的な機会をもたらすという点で、ボランティアや社会貢献が企業の成長には必要であると考えた。個々の企業でも、社会貢献活動の取り組みを充実させるための新たな制度を作ったり、活動方針を取りまとめそれらを企業内外に提示するところが増えている。この社内外に活動方針などを伝える理由として、この会社がどのようなことを行い社会にどのような影響を与えるのかを知り、企業の評価をあげることができ、評価が上昇することにより、融資が受けやすくなる。このことは、企業をより拡大させやすく、経営の選択肢もたくさんある状態になるのではないかと考えたからである。企業がボランティアに取り組む動機として、企業のイメージ向上や一時的な流行りがあると考える。社会貢献やボランティアを企業の本質として認識し本腰を入れて取り組み始めている企業も多く出てきている。
このことから、ボランティアは、企業にとって企業の評価の向上や企業の拡大を目指すために必要なことであると感じた。ボランティアに興味を持った人は、インターネットやパンフレットなどのいくらでもある情報の中から、ボランティアグループを見つけ、自分で連絡するということが大切であると考えた。(752文字)
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C1200498大沼 蘭さん (80h3uhch)2021/8/3 08:41 (No.241558)
「放射線被爆から子たちを守るには」

~3.11後の子どもと健康 保健室と地域に何ができるか~
大谷 尚子・白石 草・吉田 由布子
岩波書店
2017年7月5日 発行

著者らはウクライナでのチェルノブイリ原発事故の災後の人々を健康被害から守る保護活動に感銘をうけている。その地域では、特別な検診や保護プログラムを実施し、地域の学校や病院で子供たちが安全に暮らせるようにと子どもたちのことを第一に考えていた。反対に、日本の福島原発事故が起きて6年以上が経過しているが危険な外部被爆線量ではないため健康被害は起きないし国の特別な検診は実施されていない。事故を招いた人は誰でもないとして、国でさえも責任をとっていない。しかし、放射線物質は子供が一番影響を受けやすいため、予防原則をもとに最善を尽くす必要があるとして子どもたちを守るため、著者らが地域の住民や学校の関係者が何をすべきか調査や取材に取り組んだ。第二章は、国の環境省と関東のホットスポット(放射線量の高い地域に暮らす住民)が専門会議により激しい論争が起きていた。住民は検診の実施を望んでおり、環境省は住民の今後の健康管理のあり方についての専門会議を開いた。住民の期待とは反対に、被爆線量は低いと環境省は主張をし福島県外で甲状腺検査は不利益で必要なく、子どもの被爆線量も非常に低いと結論づけた。論争では、被害者が低い立場で政府の都合によりまるめ込まれていることが分かる。環境省の放射線量に対して健康への影響は起きないという発言は、責任を負いたくないということが見えてくる。その状況の中でも放射能の土壌調査に関わる世帯を持った母親たちが形成した「放射能からこどもを守ろう関東ネット」が活動を魅せた。新たに「関東子ども基金」を結成し、市民の援助金をもとに超音波機器を購入し自分たちで甲状腺検査を始め、幼稚園や小学校等に声を掛け受診を進めている。彼女らは、政府ではなく地域の仲間や自治体を頼り自らで「子どもたちを守る」という意思で行動している。他にも、宮城県の大崎区の学校では養護教諭らが子どもたちを放射能から子どもたちを守るために保険だよりに危険な放射能値を測定、掲載し分かりやすく注意喚起をするなど国の政府がするのではなく、自ら積極的に行っている団体がこの本に書かれている。(878字)
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c1180152飯山友彦さん (80gu5n1x)2021/8/3 04:11 (No.241507)削除
NPONGO論読書課題

C1180152 飯山友彦

選んだ本 ボランティアもうひとつの情報社会

著者 金子郁容

この本には、金子郁容さんのボランティアというものの考え方について考えてあった。ボランティアの楽しさ、ボランティアとの関わり方、ボランティアを通しての情報社会、などのことについて述べられていた。本書を読む前の私のボランティアの考え方としては、困っている誰かのために自分自身から進んで助けをするという考えを持っていた。実際私自身ボランティアをしたことはあるが、楽しいと思ってやったことはなかった。しかしこの本に出てくる人たちは、自ら行動を起こし、誰かの力になれる事が楽しく、嬉しいという人が多かった。
何故こうも感じ方、考え方が違うのかと考えた時に、私は、ボランティアという活動に報酬を求めてしまっていたという点に気づいた。換金可能なボランティアというものも出てきたが、そもそもボランティアというものは、困っている人のために「無償」で何か助けになることを行う行為である。私の考え方ではボランティアではなく、ただの労働だということを改めて気付かされた。また、情報社会としてのボランティアの考え方の点で、私は情報社会とボランティアになんの関連性があるのかわからなかった。しかし、本書にはボランティアは人と人を繋ぐという事が書かれていた。中には企業などの団体でボランティア活動に参加している事例もあり、そこでの情報交換などのことも行なっている活動もあると調べた。ボランティアというものは1人ではできないので誰かと必ず関わりを持つ事がある。そう言った点でボランティアと情報社会のつながりがあるのではないかと考えた。
今回この本を読み、自分の中でのボランティアというものの考え方が大きく変わった。初めは、志願者が困っている人のために一方的に行う行動であると考えていたが、実際はボランティアする方もされる方から学ばされる事が多く存在するということをこの本を通して学んだ。私は現在学生なので、長期休養などの機会を生かしてボランティアへと参加してみたいと考えた。(本文822文字)
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c1180152飯山友彦さん (80gu5n1x)2021/8/3 04:10 (No.241506)削除
NPONGO論読書課題

C1180152 飯山友彦

選んだ本「18歳選挙権」で社会はどう変わるか

著者 林大介


この本には、林大介さんの18歳選挙権時代の幕開けにおける可能性と課題についてまとめつつ18歳選挙権制度が社会に及ぼす影響と、その変革の可能性についての考えを述べられていた。
 若者の政治離れから述べられていた。若者の投票率は平均より大きく下回っており、若い人は政治に興味がない、選挙権年齢を引き下げても若者は正しい政治を判断して投票することができないなどの課題展が挙げられていた。これに関して私自身も思う点があった。私は現在21歳だが今まで一度も選挙に参加したことがない。なぜかというとこの林さんがあげた課題にある通り、まず政治というものへの関心がない、知識もないという点だ。今回この本を読み私は、若者にもっと政治というものがどう言ったものであるのかをしっかり理解してもらう必要性があると感じた。そのため、私が考えたのは、授業に政治についての授業を取り入れる必要性があると考えた。いきなり18歳になったから選挙に行って投票してきなさいと言われても右も左も分からない状態でどうしたらいいかわからないと考えた。また、義務教育段階での授業も必要である。義務教育段階で政治や、選挙の重要性をもっとわかりやすく噛み砕いて教え込み、高校ではもう少し深い部分まで学ばせることで、18歳になった時に選挙へ行った時に我々のようなどうしていいかわからない問題を解決することが可能になると考えた。また、大人視点での考えについてだが、若者が投票しないという課題は若者だけでなく大人にも悪い点があると考える。実際本書にも、大人はよく子供のためあなたのためだと言いがちであるが、子供の声をちゃんと聞いているのか、子供のため、あなたのためという言葉の裏側に親の自分自身のためという意図が隠れてしまってはいないだろうかという事が書いてあった。これらを踏まえ、私は、18歳選挙権を導入した日本を良くするためには大人と子供、互いに認め合い、未来のために考えて投票しなければならないと考えた。(本文828文字)
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c1190268 伊藤美桜さん (80gqnkqz)2021/8/3 02:32 (No.241494)
ボランティアとつながりーー金子郁容『ボランテア もうひとつの情報社会』(岩波新書、1992年)

 「ボランティアとは何か」この書籍はボランティアに関心があるが、実行に踏み切れない人、ボランティアは徒労ではないか、偽善ではないかと疑問を抱いている人に向けて書かれたものだ。
 著者である金子郁容さんはボランティアとは「他人の問題」として自分から切り離したものではなく、自分もその問題に結びついているという「関わり方」をし、その状況を改善すべく、働きかけ、「つながり」をつけようと行動する人であると考えている。だからこそ、ボランティアの個人や社会への「関わり方」と「つながりのつけ方」は社会を多様で豊かなものにする、新しい見方と新しい価値を発見するための人々の行動原理を提示するものであり、社会の閉塞状況を打破するためのひとつの「窓」になるのではないかと思っている。だから社会や世界というものはさまざまな人々が相互に依存した関係性の中に存在しているという世界観を採用することに対応しているのであるとわかる。しかし、「問題と自分が結びついている」というかかわり方をするといっても、目に入ってくる全ての問題を自分につながっていると考え、行動に移すということは現実的にできわけではない。だからこそ、そこには結びつきを認めるかのという選択がうまれる。つまり、ボランティアをしている人がしてない人を非難することは適切ではない。できることは楽しいことが起こるかもしれないと「誘う」だけなのである。「ボランティアとしてのかかわり方」を選択するということは自分自身を弱い立場に立たされることを意味する。ではなぜ、ボランティアのために自らを弱い立場にさせないといけないのであろうか。ボランティアは問題を自分から切り離さないことで「窓」が開かれ、意外な展開や人との関係性をプレゼントされることをボランティアの経験によって知っているからである。
 この書籍は著者の考え、体験、そしてボランティア活動をおこなってきた方々にお話を聞くことによって、さらに考えを深めていく内容である。そして日本内での狭い空間での話ではなく、世界全体を見据えたなかでの話であるので、広い規模でのつながりを重要視している。(778字)
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c1181039 櫻井雄太さん (80golk95)2021/8/3 01:34 (No.241476)
「社会で生き抜くひとり親の状況」(赤石千衣子 『ひとり親家庭』 岩波新書、2014年)
私がこの文献を選択した理由に、親が離婚するかもしれないと友人から直接相談された際には、私自身無知であった為ただ話を聞くのが精一杯であったことがあり、私も向き合いたいと考えたからだ。作者である赤石千衣子さん自身が日本社会において一人親家庭の生きづらさについて当事者として記す事で、友人や友人の親を含め日本には多くの支援を必要としている人々がいるのだなと考えさせられた。日本のひとり親家庭全体が、これまで家事や育児を担う女性の稼得能力は低く、ひとり親家庭の貧困は改善されないまま生活を苦しく続けてきた。更には1990年代から経済的な不況にさらされ、それ以来、非正規化や不安定就労が増え、日本の都市部などでは夫の収入は減った結果、働かざるを得ない子育て中の女性が増え待機児童が増加した。更には、普段の仕事では収入が少なく満足の行く生活が出来ない女性がキャバクラや性風俗店で働いてしまう女性も増えてきたのが現状である。私個人の意見ではあるが、水商売をやり甲斐に感じ好きな仕事として働く女性がいることに対して偏見の目で見る人がいる事に違和感を感じます。当たり前にその仕事が無ければ生活出来ない人々が多くいるからです。それ以前に学歴社会となっていることが原因であるとも考えます。この文献で特に関心を持ったのが、親の貧困は子どもの貧困に繋がってしまう点だ。パート社員として働いていた女性が、保育所に通っている息子の迎えを保育所の閉まる18:00までに迎えに行かなければならないのですが、上司に社員と同じように働けなければ契約を解除すると脅され、定時の17:00に帰宅することが出来なくなり、息子の迎えを家族に頼んでしまう事になった女性がいたことだ。日本社会が良くないと言いませんが、残業が当たり前となっている事に対して腹立たしく感じますし、一人親で尚且つパート社員に対して厳しく当たってしまう事に対しても、非正規雇用の在り方がもっと考えられるべきだと考えました。社会としてこの問題にどう付き合っていくことが正しいのかもっと考えるべきだと感じた。(858字)
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C1202184 星川真菜美さん (80gknbgt)2021/8/2 23:44 (No.241433)
自分で自分をなくすということ ―― 中村智志『命のまもりびと 秋田の自殺を半減させた男』(新潮文庫、2017年)

 この本は、「自殺」という社会問題において、自殺者数が全国トップという秋田県の日本の自殺対策を語る上では欠かせない秋田モデルの中核であり、NPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げた佐藤久男さんの自殺者を一人でも減らすために全国へ、または国を超えて韓国へと飛び回る命のまもりびとの話だ。
著者は上智大学を卒業後、朝日新聞社に入社、教育総合本部などを経て、2017年4月より、日本対がん協会勤務している中村智志氏である。朝日新聞社勤務のかたわら、独自の長期取材によるノンフィクションを手掛けてきた。1998年には「段ボールハウスで見る夢」で講談社ノンフィクション賞を受賞している。
 この本では、佐藤久男さんが立ち上げた「蜘蛛の糸」というNPO法人が出てくる。この「蜘蛛の糸」を設立する際に決めていた二つのことがあったそうだ。一つ目は相談を地域社会の経営者に限ること。二つ目は秋田県を中心に活動することだ。この本の文章に「これを読んで万が一の時には佐藤さんのところへ行こう、と決めていました。一枚の新聞記事が、私の命を助けてくれた。この切り抜きがなければ、ここに来る機会もなかったし、おそらく私は死んでいたでしょう」という言葉があった。この社長のように新聞記事の切り抜きから命を救っていることもある。しかし、佐藤さんに相談をすることが終わってから自殺という選択肢を選んだ人もいる事実があったそうだ。佐藤さんは現在、中核として作り上げてきた秋田モデルを全国へ、韓国へと広げるべく活動を行っている。
 自身が経験したうつ病を乗り越え、全国1自殺率の高い秋田県を変えた佐藤さんができる相談で多くの人が救われている。そんな佐藤さんの経験を読み進めることで多くの人が「自殺」という社会問題についてもう一度考え直すきっかけになるだろう。(746字)
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C1191003 佐藤亜紀さん (80ggg24c)2021/8/2 21:46 (No.241264)削除
「猫を助ける仕事とは」(山本葉子 松村徹「猫を助ける仕事」保護猫カフェ、猫付きシェアハウス 光文社新書 2015)

私は猫を1匹飼っている。しかし、飼うといっても元々は野良猫で、子猫の時に母猫に捨てられていたところを保護した、という形である。そのため、「猫を助ける仕事」はとても身近で、この本を手に取るきっかけとなった。
山本さんの「人間のせいで猫を嫌いになる人を増やしたくない」と本書での言葉が1番心に響いた。猫を捨てるから「捨て猫」が生まれるし、捨て猫のせいで迷惑がかかる人だっている。殺処分を受ける子だっていたはずで、そんな猫たちを1匹でも多く助けたいというのが山本さんの信念なのではないかと思った。
しかし、1人でやるには限度がある。そこで頼ったのが「ビジネス」としての猫譲渡会だったと思う。仕事をしながら猫の殺処分を減らすことができる、「猫付きマンション」や「猫付きシェアハウス」は本当に大きな試みだったろうなと思った。
一方で、猫の事を真摯に考えるからこそ、譲る相手は考えなければならないのは、人に対して不快感を与えそうで大きな悩みでもありそうだと思う。
松村さんは、元々不動産マーケットや不動産研究を専門に行っていた方で、空き家などの有効活用や、猫の過ごしやすい環境を真摯に考えていた。題名にもあるような「猫付きシェアハウス」がフランチャイズ化すれば、全国の猫を1匹でも多く救えるきっかけになるのだろうなと思う。
調べてわかったことだが、この本には良い反応もあれば、多くの批判もあった。しかし、ボランティアでは補えない部分も山本さんは頑張っている。批判があるなら一回その人がやってみたらいいし、猫を沢山救いたいからこそ、1匹1匹に愛情を注いであげられる飼い主さんを探すのだと思う。
考え方は千差万別であるから、結局のところ猫を救ったかどうかは、私の経験も含めて自己満足なのかもしれない。しかし、「人間のせいで猫を嫌いになる人を増やしたくない」と私も思う。
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C1191003 佐藤亜紀さん (80ggg24c)2021/8/2 21:48
(822)
※文字数掲載し忘れのため、掲載します。
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C!200920 小松美月さん (80gf796l)2021/8/2 21:11 (No.241223)削除
若者のリアル ―― 仁藤夢乃『難民高校生 絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル』(株式会社 筑摩書房、2016年)

タイトルでもある「難民高校生」。これは、家庭、学校、他のどこにも居場所がないと感じる高校生のことを指す。派手に遊んでいるギャル、不登校や引きこもり、ニートなど、世間の大人はこれらを「最近の若者」として一括りにする。しかし、実際に「最近の若者」と関わりがある大人は少なく、彼らの状況やバックグラウンドなど「若者のリアル」を知っている人はほとんどいない。大人と若者の社会が分断されていることで、大人は、若者たちのことを理解することを諦め、自分たちとは違う世界の者であるかのように避ける。若者は、大人に理解してもらうことを諦め、誰にも期待されていない、生きていても仕方がないと自分や社会に絶望していく。「難民高校生」は今の状況から抜け出したいと思っても、世間から存在を認知されていなかったり、今の状況を脱する術を知らなかったりするのが現実である。
 著者も、学生の頃は渋谷をふらついている「難民高校生」だった。友人や家族との関係がうまくいかず、渋谷でうわべだけの付き合いをするようになった。たくさんの危険な経験をして、将来に希望を持てなくなっていた著者だが、河合塾の農園ゼミで一人ひとりと向き合ってくれる阿蘇さんと出会ったことをきっかけに変わり始め、貧困問題解決の活動や被災地支援など様々な活動に参加するようになった。そんな著者は、2011年にColaboを立ち上げ、渋谷に女子高生の安心できる居場所をつくった。家に帰らずにいる少女たちへの相談、食事・衣類の提供、暴力を受けた少女たちが宿泊できる一時シェルターや自立支援シェアハウスの運営などを行っている。さらに、自分の経験をもとに、「難民高校生」の問題を発信し、大人と若者をつなぐために活動している。
たくさんの苦しんでいる「難民高校生」がいること、大人と若者が互いに向き合い理解し合うことの大切さ、また、私たちそれぞれにその人だからこそできることがあると教えてくれる一冊である。(802字)
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C1202505 渡邊和菜さん (80gaivp2)2021/8/2 19:00 (No.241122)削除
災間の時代,考えるべきこれからの災害ボランティアの在り方とは――(ボランティア山形 綾部誠 井上肇 新関寧 丸山弘志『市民の力で東北復興 大震災・原発事故、新しい時代への災害ボランティア論』ほんの木、2012)

本書では東日本大震災発生時,ボランティア活動を行った3名が活動から感じた問題点や実際の活動内容を質問形式で答えていき,これからの災害ボランティアについて論じている。彼らは日本の災害対応の問題について,拠点やコーディネートの機関が弱いこと,行政と対等な関係のボランティアが少なく,行政の上意下達な伝達方法による意思決定,公正原理が災害という非常時において混沌とした状況をつくり,対応全てが後手に回ることを指摘する。
本書は東日本大震災のボランティア活動の経験を通じて平時からのネットワークの形成とボランティア人材育成の重要性が記されている。東日本大震災発生時,多くのボランティア希望者や支援物資が集結した。しかし,問題はそれらを受け入れる態勢が整っていないことだった。井上氏が代表を務めるボランティア山形は,平時から他の支援団体や行政と連携・協力関係を結び,行政からの相談を受け迅速な支援物資の分配,避難者への人的支援を行った。行政が求められる平等・公正とは異なり,NPOや民間団体はニーズがある人のもとへ物資を供給できる。中間支援組織としてボランティア山形では国や山形県に対し,東日本大震災の教訓を生かした支援の形について政策提言に取り組んでいる。さらに,支援をしたい意思を持つ組織や団体と協力関係を構築して結成されたボランティア米沢は「ボラよね新聞」を発行し,災害後の避難者の支援活動,生活クラブやまがたでは避難所での食事の提供,避難住民のお茶飲み会を企画し,コミュニケーションの場を提供するなど第二次避難所やアパートに住む避難者への支援を継続している。
ボランティア人材の育成において,問題は大勢のボランティア参加者の計画的な活用,ボランティア自身の柔軟性やリーダーシップ,自己判断能力の欠如だ。著者はボランティアをコーディネートできる人材の育成の必要性について主張し,大学などの教育現場において現場実習や疑似体験の実践を山形県に提案している。(820)
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