NPO・NGOの現場からうまれた文献のbook review

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菅井健留さん (80hp9qsm)2021/8/3 18:41 (No.242074)削除
NPONGO論 最終課題②
「ブラック企業への対抗策」
C1191374 菅井健留

「ブラック企業 日本を食い潰す妖怪」
出版社・・・文藝春秋
出版年・・・2012年



この本は「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」というタイトルで著者の今野晴貴氏は1983年宮城生まれで2006年、中央大学法学部在籍中に、都内の大学生・若手社会人を中心にNPO法人POSSEを設立。POSSEの代表を務め、年間数百件の労働相談を受けている。この本では今日の日本で蔓延る違法な労働の決まりを設けて若者を苦しめる「ブラック企業」の現状とこれからの対策について論じている。実態としてブラック企業というのは国の労働のルールを破っていて異常とも言える残業時間で特に新卒の若い労働者を、精神的にも、身体的にも追い込み、ひどいケースだと自殺にまで追い込む。また新卒の労働者たちは就活の荒波を乗り越えてきたにも関わらず、入社後も「新人研修」「選抜」「試験」などさまざまな名目を付けて、選んで切り捨てる。そして、また選ばれた若者に無謀な条件で働かせる。つまりは切り捨てで大量に採用し、大量に切り捨てることで、安定して働くことが出来ない環境ができあがってしまっている。「負のスパイラル」から抜け出せなくなっているのである。そしてこの問題への対抗策として、まず「自分が悪いというマインドから抜け出すこと」「会社の指示や言うことには、疑問をもって取り組むこと」「簡単に諦めずに戦うこと」「労働法、つまり法律の観点から労働を見直すということ」「最終的には、専門家を活用して、真っ向から戦うこと」が挙げられていた。そして専門家と交渉したうえでその先は個人的に交渉、行政を交えて交渉、労働組合に加入して交渉、そして本当の最後の手段として裁判に訴えるという流れであった。徹底的に悪と戦う姿勢が強調されていた。またこの若者を潰すブラック企業の問題はこの国の医療崩壊も促す恐れがあるからこそ、情報を徹底的に集めて徹底的な対策が私たちに求められる。(746字)
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c1181246 三條烈さん (80holfwe)2021/8/3 18:22 (No.242069)削除
新たなNPOの役割と新しいビジネス- -工藤啓『NPOで働く 「社会の課題」を解決する仕事』(東洋経済新報社、2011年7月14日)

 筆者はNPO法人育て上げネットの理事長という役割を担っている。理事長となるとかなりお年を召しているかと思いきや、筆者は33歳という若さでNPO法人の経営を行い、NPO法人育て上げネットを10年が過ぎたそうだ。筆者は若き経営者が次から次へと登場している企業社会のように、NPOの世界でも若い理事長が当たり前になれば理事長という言葉のイメージもだいぶ変わってくると言っている。この本を通して就職先、働き先としては認識されておらず、一般にはまだまだボランティアと考えられているNPOを「NPOで働く」という選択肢に入れてもらいたいということが狙いである。
 この本を読むとNPOというものの認識を変えられる。本書ではNPOをただの営利を目的としない民間組織と捉えるのではなく、利益は組織が存続するための原資であるという点、その原子をテコにさまざまな社会課題の解決のために事業性を持って取り組むNPOもたくさんあると論じている。アメリカではNPOというものは一般的な存在であり、NPO法人への寄付が控除される税制度のバックアップが行われており、個人や企業から多額の寄付がされることもある。大都市の中心部に立派なオフィスを構えるNPOもあるという。アメリカの大学生の就職希望先ランキングトップ10にNPOがランクインすることもあるという。
NPOにはそれぞれに目的があり、特定非営利活動促進法で掲げられた17分野の活動からその主たる目的を選択している。筆者の育て上げネットでは、若者の持続的な社会参加と経済的自立の支援を目的として設立されており、17分野のうち4分野の活動を選択している。筆者は貴重な時間を社会に投資するのであれば、気持ちよく活動にかかわることが大切だと論じている。
 私はこの本を読み純粋に人の役に立つことが好きなので、NPOを就職先として視野に入れて就職活動を行えばよかったと思った。まだ、就職活動の終わっていない人にこの本を紹介し、NPOで働くということを知って欲しいと感じた。

(859字)
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C1202304 門間雄大さん (80hm8roc)2021/8/3 17:16 (No.241987)削除
社会における性風俗の存在意義――坂爪真吾『性風俗のいびつな現場』(株式会社筑摩書房、2016年)

 「性風俗」に対するイメージはどうだろうか。娯楽ととらえる者もいれば毛嫌いする者もいることだろう。いずれにせよ、当書を読むことでそうした先入観が一新されることを期待したい。性風俗は社会において必要だと感じることだろう。
 著書の坂爪真吾氏は、「性の公共」をつくる理念の下、現代の性問題の解決に取り組んでいる。その行動力は下心ではなく、純粋な知的好奇心によるものであることが分かる。当書においても、ゼミ研究で性風俗の現場を取材する際に、遊ぶことなく調査のみを敢行する姿勢が印象的であった。
 当書は、主に性風俗の需要と供給、経営、業界の栄枯盛衰などをテーマに、坂爪氏の取材から紐解かれた働く当事者の背景を織り交ぜながら述べられている。性風俗はニッチな業界であるために、実に多くの種類・業態があることが分かる。2004年の浄化作戦や無店舗型の台頭などによって表社会からは見えにくいが、性風俗は進化を続けている。背景には、サービスを受ける側だけでなく施す側の需要も大きい。シングルマザーや障害者、あるいは他店で見放された女性などの雇用の場として機能しており、彼女らの多くは家庭のために働いている。短期間で高給を手にできる一方で、激安店では稼ぎを重視するあまりサービスが過激になりがちだという。隠語を用いたオプションの本番行為が横行し、「デブ・ブス・ババア」を売りにする専門店も存在する。不健全で差別的な印象を受けるが、それでも辞めないのは家庭を守るという理由のほかに、性風俗がソーシャルワーク的な側面も持つためである。前述の「デブ・ブス・ババア」の地雷専門店は、宣伝としてのキャッチコピーであって、実態は働く女性の自立した生活を支援する優良店であると言える。また、こうした激安店は女性らの生活や問題を可視化し、福祉行政と結ぶ役割も果たしている。
 当書を読み、私は性風俗が社会において必要な存在だと強く感じるようになった。福祉行政と結びつくとは考えてもみなかった。タブー視されることも多い性風俗だが、様々な排除を受けた女性がたどり着く「最後の砦」としてあり続けてほしい。 (872字)
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C1190386 遠藤光さん (80hg09be)2021/8/3 14:22 (No.241817)
狂った歯車から紛争屋へ
(伊勢崎賢治『武装解除 紛争屋見た世界』講談社現代新書、2004年)

 この本の著者伊勢崎さんはもともと建築家を目指していた紛争や争いとは無縁の人だった。大学の4年間と留学に行く大学院の数年は建築学に没頭する生活だったそうだ。そして大学院時代にインドへの留学が決まり、いつの間にか海外にいた。
今世界中にスラム街と呼ばれる社会から切り離されたもう一つの社会のようなものが存在している。ここでは犯罪が起き、衛生面も良くないことが多く生活も厳しい。しかしそんな場所でも人が生活し、それぞれの考え方がある。インドへの留学でそこに気づきインド政府への抗議への参加、デモへの参加などをおこなうが国外強制退去という結果でインド留学は幕を下ろす。日本に帰国後は国際N G O団体を中心に当たるものの「給料」という言葉を口にするだけで話を聞いてくれない団体がほとんどであった。そんな扱いを受けながら「シエラレオネ」という国で4年間生活する。ここではマネジメントの基礎、自分自身が権力に興味がないことに気づいていった。そしてこの国から出た後大きな転換点となる一本の電話が外務省国連政策課からかかってきて「紛争屋」への第一歩を歩み始める。そして、この本ではシエラレオネ・東ティモール・アフガニスタンでの紛争屋としての活動が描かれている。
 この本のタイトルでもある武装解除という儀式の最後に行われ、そこでは泣く少年たちの姿がある。武器を自分の手で破壊し、今まで殺してきた人はなんのために死んでいったのか。なんで自分は殺したのか。そう言った考えを思い出すことで少年たちが泣いてしまうのだと私は思う。
 「紛争」この言葉は社会科のなかで何度も聞く言葉である。この本の中でも『原因は貧困である』と描かれている。私もそう思う。市街地と呼ばれる人が大勢集まる場所とそうではない周りのまちこの二つに別れていることで貧困という問題が発生し、スラムと呼ばれる場所ができてしまう。貧困がなくなり争いがなくなった世界は平和なのか。それだけでは平和とは言えないと私は思う。(863字)
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C120178 丹治尚也さん (80hg09be)2021/8/3 14:22 (No.241816)
狂った歯車から紛争屋へ
(伊勢崎賢治『武装解除 紛争屋見た世界』講談社現代新書、2004年)

 この本の著者伊勢崎さんはもともと建築家を目指していた紛争や争いとは無縁の人だった。大学の4年間と留学に行く大学院の数年は建築学に没頭する生活だったそうだ。そして大学院時代にインドへの留学が決まり、いつの間にか海外にいた。
今世界中にスラム街と呼ばれる社会から切り離されたもう一つの社会のようなものが存在している。ここでは犯罪が起き、衛生面も良くないことが多く生活も厳しい。しかしそんな場所でも人が生活し、それぞれの考え方がある。インドへの留学でそこに気づきインド政府への抗議への参加、デモへの参加などをおこなうが国外強制退去という結果でインド留学は幕を下ろす。日本に帰国後は国際N G O団体を中心に当たるものの「給料」という言葉を口にするだけで話を聞いてくれない団体がほとんどであった。そんな扱いを受けながら「シエラレオネ」という国で4年間生活する。ここではマネジメントの基礎、自分自身が権力に興味がないことに気づいていった。そしてこの国から出た後大きな転換点となる一本の電話が外務省国連政策課からかかってきて「紛争屋」への第一歩を歩み始める。そして、この本ではシエラレオネ・東ティモール・アフガニスタンでの紛争屋としての活動が描かれている。
 この本のタイトルでもある武装解除という儀式の最後に行われ、そこでは泣く少年たちの姿がある。武器を自分の手で破壊し、今まで殺してきた人はなんのために死んでいったのか。なんで自分は殺したのか。そう言った考えを思い出すことで少年たちが泣いてしまうのだと私は思う。
 「紛争」この言葉は社会科のなかで何度も聞く言葉である。この本の中でも『原因は貧困である』と描かれている。私もそう思う。市街地と呼ばれる人が大勢集まる場所とそうではない周りのまちこの二つに別れていることで貧困という問題が発生し、スラムと呼ばれる場所ができてしまう。貧困がなくなり争いがなくなった世界は平和なのか。それだけでは平和とは言えないと私は思う。
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c1201776 丹優哉さん (80heugag)2021/8/3 13:49 (No.241799)
今野晴貴『ブラック企業2「虐待型管理」の真相』(文春新書、2015)

 この本ではブラック企業の第一の問題は、若くて有益な人材を使い潰していることであり、その特徴は、正社員を大量に採用して労働基準法ぎりぎりのラインで酷使、消耗、してはまた新たな採用を繰り返していることであり、そうした新卒の「使い捨て」の過程が社会への費用転嫁として行われていることに問題あるとしていた。従来の「ブラック企業」という言葉の、非正規社員が労働基準法違反の処遇条件で酷使されているというイメージに対し、正社員採用された労働者が、労基法に明確に違反するのではなく、「ぎりぎりで合法」「違法と合法の間」のグレーゾーンで働かされているのがその実態であると指摘したのは印象的だった。
 内容を簡単にまとめると、こうした「ブラック企業」問題が依然解決されておらず、過労死や過労自殺が後を絶たない実態を踏まえ、どうして解っていてもそうした会社に入ってしまうのか(第1章)、どうして死ぬまで辞められないのか(第2章)といった働く側の心理面に実際にあった事例から迫り、それに呼応したブラック企業側の絡め取り搾りつくす手法を解析(第3章)、ブラック企業は国家戦略をも侵略しつつあるとし(第4章)、ではなぜそれらを取り締まれないのかを考察(第5章)しています。更に、規制緩和でブラック企業が無くなるといった「雇用改革論」を"奇想天外"であると非難し(第6章)、ブラック企業対策として親・教師・支援者がなすべきことを提案(第7章)している。
 NPO法人POSSEではボランティア自身で、ブラック企業で働いている方からの電話·メール相談を受け付けアドバイスをしたり、日々寄せられる相談や独自アンケート調査などの分析を行い、ブログや雑誌『POSSE』に掲載する記事としてまとめている。また、労働法の啓発イベントなども企画・運営している。また、社会的にどうしても正規雇用の労働者が優遇されてしまうがその正規雇用の中でも問題が起こり出してしまっているため、行政や企業だけではなくNPOなどの市民団体も今まで以上に発信し、インパクトを与えてていかなければならないと思った。
(858文字)
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c1182168 宮崎樹さん (80hbtfh2)2021/8/3 12:24 (No.241699)
新しいコミュニケーションの在り方についてーー加藤哲夫『市民の日本語(NPOの可能性とコミュニケーション)ー』(ひつじ書店、2002年)

 この本から私は話し合いの中でお互いののことばを生きた形で話すことでコミュニケーションの質が変わるということがわかった。今までの議論のでは声の小さい人の意見は表に出づらく、いつも話す人だけが話すことで予定された結論で終わっている場合があるという。その中で加藤哲夫さんは模造紙とカラーマーカーを使うことで、どのような人でも意見を出せるように工夫している。その結果発言しそびれている人から貴重な意見が出るという。その結果加藤さんは昔のコミュニケーションから時代とともに新たなコミュニケーションの手法へと変わっていかなければならないと主張している。私もその意見に賛同している。話し合いの場において参加することは非常に重要である。今までの話し合いの手法は多数決や常識を述べることが有利になりがちであり、先程のワークショップのように小さい声の貴重な意見は見逃される傾向にある。そのため話し合いの場は様々な人が参加し、意見を述べられる環境を作っていかなければならない。そうすることで意見のぶつかりから正解へと導けることができると考える。
 また、加藤哲夫さんはファシリテーターについて述べている。ファシリテーターの考えとしてバランスを取れていなければいけないという考えを持つ人ではなく、自分の意見を持ちつつ参加者の1人として自覚しなければならないと述べている。今までの一般的なファシリテーターは場の全体を外から見て公平な立場でいわば観察者のような立ち位置でなければならなかったがそれと同時にその場合の参加者になることが重要である。
 このように今までのコミュニケーションでは参加しない人がいることによって決まった答え、同じ人の意見が採用されてしまう事例が多い。そのため加藤哲夫さんの新しいコミュニケーションでは皆がコミュニケーションの参加者になることによって様々な意見を集めることで、話し合いを深めていくことで人の考えを変えたり、新しい答えを導くことができる。
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c1201635 髙橋愛花さん (80ha47v8)2021/8/3 11:37 (No.241676)
今野晴貴 『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』 文春新書 2012年

2000年代に突入して以来、若者の労働・雇用問題に大きな問題が存在している。その中心であったのが、「フリーター」や「ニート」を生み出されたことにも関係する。これらの言葉は、非正規雇用の若年の労働者が増えてきたことによる背景から生まれた。正社員になることで、終身雇用や年功序列など就職した後に将来的に安泰した生活や昇格が行われると言われ、世の中では「正社員になれ」と促されるようになった。しかし、著者は思う。2005年に政府は規制緩和を行い、「非正規雇用を増やす必要がある」と言っていた。つまり、若者による非正規雇用の増加は「若者の問題」だけでなく、企業内の問題でもあるのではないかと。そこから、当時中央大学で学んでいた著者は、大学の仲間とNPO法人POSSEを設立し、若者の問題とされている労働問題を自ら調査活動や労働相談活動を行い始めた。「『悲惨な事例』に終わらせないためだ。」と述べる。この本は、著者が実際行った調査をベースとした「ブラック企業」の実態と若者を落とし穴に落とす手法が生々しく描かれている。この本でのキーポイントとして、ブラック企業は、100%営利目的の営業であり、利益を最大限に得ることのためでなら、どんな手でも使うという部分である。ブラック企業が消えない理由として、日々手法が磨かれているから。最も印象に残ったこととして、鬱病や適応障害になった正社員を「自己都合退職」に至らしめる実態があることだ。ブラック企業では、労働者の「使い捨て」を可能にし、優秀な人だけ「選別」をさせることができるように、就活の際に大量に雇用する。これらの背景から、社内でのいやがらせ、パワハラ、長時間労働で心身を壊した後、休職を進め、出勤できなくなった社員を、「解雇」ではなく、自分から出勤できなくなったという理由で「自己都合退職」という形が躊躇なく行われる実態に恐怖を感じる。また、このような実態があることを本を読むまで知らなかった。このようにして、ブラック企業は巧妙に余儀なく正社員を蝕んでいく。今後社会で生活していく私たちはどうすればよいのかを考慮した本となっている。
(873)
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C1201279 佐藤瑞希さん (80h90ff1)2021/8/3 11:06 (No.241664)
金子郁容 「ボランティア もうひとつの情報社会」 岩波新書 2000年

著者である金子郁容さんは東京都に生まれ、1971年に慶応義塾大学工学部卒業その後、スタンフォード大学Ph.D.(工学博士号)所得、ウェスコンシン大学準教授、一橋大学教授を経て現在、慶応義塾大学教授専攻分野は情報論,ネットワーク論,非営利組織論を扱っている。また、「ネットワーキングへの招待」(中央公論)、「ネットワーク組織論」(共著,岩波新書)、「空飛ぶフランスパン」(筑摩書房)、「<不確実性と情報>入門」(岩波新書)などあらゆる本を出している。また、今回の「ボランティア もうひとつの情報社会」では世界的な貧困問題、ホームレスなどの社会的身分格差、環境問題、経済情報といった社会的問題全般に関してボランティアを通して扱っている。
本文の内容を具体的に説明するため、2人の人物を挙げて説明する。まず初めにモートン・ウィバー氏についてだ。モートン氏はアメリカの飢餓を救ったボランティアだ。モートン氏は飢餓で苦しむ人々を救った功績を次のように表している。「偶然と二年間の経緯の現れ」。その後もモートン氏は76歳。本業の傍らボランティアとして活動を続けた。このことから年齢は関係なく手助けをしようという思いこそがボランティアの力を拡大していくものだとわかる。二人目はフランク・フェレル氏だ。フランク氏は「トレバース・キャンペーン」というホームレスの人たちのための緊急避難場所、また保育所や職業訓練を扱った取り組みをしている。この経験からフランク氏は「与えているよりも沢山のものを受け取っている。経験は切り離された人々の間に繋がりをもたらす」と言っている。ボランティアはただ手助けをしているだけではなくその経験から新たな発見や改善を生み出していくことが出来るのである。これらのことから、NPO・NGOの問題への取り組みというものは問題を他人事として捉えるのではなく切実な思いを持って行動することが重要であり、世界共通の人々に馴染みやすい印象を与えて取り組んでいることを意識して問題解決を図っている。(832字)
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C1190512 小田すみれさん (80h8nps9)2021/8/3 10:56 (No.241658)
「命を守る」
中村智志『命のまもりびと 秋田の自殺を半減させた男』
株式会社新潮社
平成29年6月1日発行

著者は週刊誌の取材でNPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げた佐藤久男と出会う。著者は冒頭では自分は自殺が無縁すぎるテーマだと言っていたが、あとがきで自身の父の姉が自殺していたことを明かし、自殺は誰にとっても無縁ではないのかもしれないという考えの変化を感じている。また、本の題名を『だあなたを自殺させない』から『命のまもりびと』と改名し、佐藤の柔らかさと生への色濃さをより求めた。
 蜘蛛の糸は主に無料で時間制限を設けずにとにかく相手の話に耳を傾けるという形で相談、面談を行う。世界的にも自殺率が高い水準にある日本のなかでも秋田県は自殺率一位が続いていたが、蜘蛛の糸の活動により自殺率が半減した。これは秋田モデルと言われ日本の自殺対策では欠かせない事例となっている。自殺対策基本法の理念を具現化したものであり今となっては全国の、日本全体の自殺対策モデルと言える。
 そもそもなぜ佐藤久男が蜘蛛の糸を立ち上げたのかというと自身も倒産を経験し、うつ病や自殺の恐怖にかられたことがあったからだ。戦後日本の経済を支えてきた中小企業の倒産は単なる経済活動の失敗であり命で償うことではない、「相談者を上から引き上げるのではなく、下から受け止めるハンモックになりたい」という佐藤の言葉は多くの人を救ってきた。
 佐藤は東日本大震災の被災地を月一回訪ねており、そこでも被災者の言葉に耳を傾ける。被災地でも自身が培ってきたものを全て表し、自分が何者なのか不審に思われることもあるが活動はもう10年も続く。
 さらに韓国で自殺対策に取り組む人々と交流し、韓国と日本の長所を取り入れながら韓国の自殺対策に秋田モデルを導入することを視野に入れている。自身も韓国語を学び実際に現地も訪れ、遺族の訴えに耳を傾ける。
 日本の4人に1人は自殺を考えたことがあるというデータがある。自殺は決して誰にとっても縁のないものではない。今後メンタルヘルス支援と民間活動の支援がよりつながりを強めることが対策につながる。蜘蛛の糸はさらに重要度を増していく活動なのである。
              (本文855字)
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